杏林大学医学部附属病院

2022年5月22日緊急搬送

日曜日の午後4時ごろ、みぞおちの下あたりが急に痛みだした。自分で作った昼食にあたったかと思いひとまずは吐いたが尋常じゃない痛みに耐えかね4時半ごろ救急車を呼んだ。社宅マンションで死んだら洒落にならないと思い鍵と財布と保険証だけ持ちエントランスまでたどり着いた。日曜日とあって人どうりは多いがマンションに入るカップルはのたうちまわってうずくまる私に気付いても声はかけない。気絶寸前で誰かの介抱を受けないと救急車がくるまでもたないと思ったが意識のあるうちに拾われた。近くの久我山病院で検査、MRIには何度か失敗し意識もうろうとしてきた。医師が「小腸の一部が壊死している、癌はないように見える、至急手術が必要だが当院では充分な機材がない、他病院へ搬送して」救急隊員に伝えた。新宿の慶應病院に搬送中に拒否され三鷹の杏林病院の急患に到着。ICUで妻の承諾を得て完全麻酔を施された。複数チューブを喉の奥にぶっ込まれ気持ち悪くて吐きそうになる。「オイ、まだ意識あるぞ」「もっと麻酔入れろ」手術台で意識を失い、そして死を経験した。脳は全身麻酔で機能停止して夢すら見ない状態になった。これで目覚めないのが死だ。死生観は変わらないが一人称としての死を物理的に知った。

董奉(とうほう)

意識が戻って見えたのはICUの天井だった。救急患者を拒まない杏林大学なので医師は大忙しで手術は深夜になったようだ。身体が1ミリも動かない。大きな体育館に何百回ものベッドが置かれ時折認知症の老人が奇声を発して野戦病院かと感じた。大学生のような看護師がもの凄いスピードで動き働いていた。ここはマックかと思うほど全員が若い、モニターで注文を確認しバンズを焼いているような手際と集中力、医療って産業なんだな、大学病院の学生かわからないけどイノベーションの種が育ちどんどん良質な医療が前進していく様を目撃した。まるでブルドーザーのようだった。大規模医療現場の病院の舵取り、かつ成長ビジョンを維持できる経営陣はどのような人たちなのか。メチャメチャ凄い組織の中にいる感じがした。松田進勇が1954年に創設した杏林大学は後漢時代の医師の董奉(とうほう)に由来するらしい。貧しい患者からはお金を受取らず代わりに庭にアンズの苗木を植えてもらってそれが林となりアンズを穀物と交換して苦しい人や旅人に分け与えた。その精神が若い看護師に繋がっているのかな。志が人と組織を育てる。

扼性イレウスで小腸80センチ切除

経過良好のためICUより一般外科病棟に移動。一昨日までスポーツジムが日課だったのに起きあがれもしなかった。4人部屋で他3人のいびき騒音で全く眠れず部屋替えをしてもらったが同じことだった。病人はいびきをかくものなのか?

タグ付けられて腹に4本、首に1本、ぶっといチューブが刺さって更に点滴で生命が維持されている

もう消灯だ。点滴だけで何も食ってないのにイビキ大合唱で眠れるか!

食事

抜糸しました ホチキスみたいでびっくり

そして外科病棟4日目で初の食事 米汁で完全液体なんだけど

マッシュポテトらしいです

入院1週間後くらいかな だいぶ賑やかになってきました 入院も悪くない

崇高な産業

救急車で患者到着

ICU搬入 手術

入院

退院の繰り返し

眞善美の探求

建学の精神らしいです

三鷹キャンパスの規模 総面積約11,100㎡ 3病棟と外来棟と外科病棟 病床約1,100床 外来患者約2,000人/日 

外科病棟の待合室の眺め 暇なので読書してました 正面は体育館、左には公会堂、テニスコートの他グラウンドあり

退院後に外から撮りました

たぶん、7階の病室に2週間入院

外科病棟 

メモ

退院後2ヶ月経ってこんなメモを残してました
自分なりに生命について考えていたみたいです。
改めて杏林大学のみなさま、ありがとうございました。

絞扼性イレウス(こうやくせいイレウス)
杏林大学病院 診断書
病名: 絞扼性イレウス(こうやくせいイレウス)腸閉塞(ileus;イレウス)
執刀医 
「発見遅ければ死亡していた」
「小腸は通常3mだがあなたは5mでながい。
小腸上部から脂肪が小腸に絡みつき80㎝にわたって壊死していた」
「小腸80㎝を切除した」
「退院後の制約は特にない」
「原因についてははっきりとはわからないが生活環境の変化が要因のひとつとして考えられる」
■経緯
2022.5.22(日)16:00ころ(定休日)
胃の上部に痛みを感じ約1時間後に激痛にかわる。
その後約30分たってもまったく治らなかったため社宅エントランスにて119番通報
久我山病院にてCTスキャン検査し「非閉塞性腸管膜虚血」と診断される。
久我山病院では手術できず救急隊員による検索長時間。
慶応病院が候補にあがるが杏林大学病院(三鷹市新川6-20-2  0422-47-5511)に緊急搬送される。
妻の到着後手術開始。(たぶん、深夜1時または2時ころ)約3時間のオペは成功し5.23(月)の昼前に麻酔から意識が戻る。
5.25(水)にICUから一般病棟へ移動する。
5.27(金)まで食事なしで点滴。
リハビリと流動食開始で経過良好のため6.4(土)午前中に退院となる。
素晴らしい景観と若くひたむきな医師と看護師に支えられ快適な時間を過ごすことがてきて感謝しています。
杏林大学の病院経営はもはや産業であり最先端機器は勿論優秀な人材を大学から投入する仕組み・病院経営のフィロソフィーやあの活気を出させるロジックと収益構造を是非学びたい。

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